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2001年におけるダイカスト技術レビュー
(社)日本ダイカスト協会
1. ダイカストの生産技術
ここ数年のダイカストの市場をみると,従来のケース類,カバー類などの構造部品から高強度,高延性(高靱性),高熱伝導率といった特性をダイカストに求めた機能部品としての要求が高まってきている。また,ケース類カバー類などにおいても一層の薄肉化が求められている。これらの要求に対応するため,新しいダイカスト法,生産技術が開発されつつある。以下に2001年における主な生産技術の動向について紹介する。
1.1 高強度・高延性化への対応
最近,欧州の自動車に採用が広がりつつある工法に高真空ダイカスト法がある。これはアウディA8で注目を集めたアルミニウムスペースフレーム(ASF)に始まり,アウディA2では一層ダイカスト化が進んだ。また,ベンツCクラスのエンジンクレードルやアルファロメオのクロスメンバー等の保安部品のダイカスト化が進んでいる。日本においても日産自動車が真空ダイカスト法と溶湯保温技術や新材料技術を組み合わせた新工法(NICS)を開発し,高強度高延性が必要なリアサスペンションロアリンクの生産を開始した1)。また,同じく日産自動車はスクイーズダイカスト法を用いて従来の3倍の長さをもつナックルステアリングの生産を開始した。同部品はCAEを駆使して湯流れ性の確保と指向性凝固を行うことにより長尺化に成功した1)。
高真空ダイカストと同様に最近注目されている鋳造法に半凝固・半溶融ダイカスト法がある。日立金属では,縦型ダイカストマシンを用いて電磁撹拌ができるスリーブ内に電磁ポンプで直接溶湯を給湯し,冷却過程で初晶形状を粒状化したのち鋳込む方法を開発した2)。同方法によりガスの混入量が少なくT6処理,溶接が可能になった。また,強度,伸びともに優れたダイカストが得られ,同方法により重要保安部品である自動車のサスペンションを生産している。
トヨタ自動車では,CAEによる金型寿命の予測手法を開発し,内冷穴を金型表面から2〜3mmに配置することにより冷却の早いダイカストでも指向性凝固を可能とした3)。これにより,ボア間寸法が世界最小のMMCオールアルミニウムブロックの実用化を達成した。同方法では他にも加圧ピン制御,高圧鋳造法による層流充填を組み合わせることにより高品質化をはかっている。
1.2 マグネシウム合金ダイカストの生産技術
軽量化の一層の進展に伴い,マグネシウムへの期待がますます高まっており,新しいダイカスト技術・成形技術が開発されつつある。日精樹脂工業では,従来のダイカストやチクソモールディングのもつ課題を解決するために新しい成形技術を開発した4)。同方法は,ペレット状のマグネシウム合金を成形機内に設けた小型の溶解炉に供給して溶解した後に成形する方法である。また,射出速度は最大で2m/sであるが,充填完了直前にプランジャ速度を急減速することができ,これにより高精度でしかも鋳ばりの発生が少ないダイカストが得られる。また,環境・安全面でも優れており注目される技術のひとつである。東洋機械金属では,高精度自動給湯・高流動性射出・高充填率・高精密安定性を特徴とした新しいマグネシウム合金ダイカスト生産システムを開発した5)。同方法は,ピストンポンプにより溶湯を精度良く射出スリーブに給湯でき,スリーブ長さを短くするとともにヒータを用いてホットスリーブ化することにより射出前の溶湯の温度低下を防止している。また,充填完了前に減速することにより製品の高精度を確保することができる。
1.3 その他
広島大学の佐々木ら6) は,クリーン・省エネダイカストをめざして粉体離型潤滑を用いたダイカストシステムの開発を行った。同システムは金型を閉じた状態で粉体離型潤滑剤を射出スリーブ及び金型キャビティ内に吸引塗布したあと給湯・射出を行う方法である。そして,サイクルタイムの短縮,作業環境の改善,排水処理の削減,耐ヒートクラック性の向上などが可能となり,結果としてクリーンかつ省エネルギなダイカスト生産が達成される。薄肉で複雑なダイカストが生産でき,今後の普及が期待されるシステムである。
リョービではアルミニウム合金ダイカストにより作製した置き中子を用いてアンダーカット部を形成する方法を開発した7)。同方法によりデッキ面のウォータジャケット部にブリッジを設けたセミクローズタイプのシリンダーブロックを生産している。置き中子は,鋳造後取り出してそのまま溶解処理が可能なのでリサイクル性が高いことが特徴である。また,リョービでは低温分解性シェルを用いてディーゼル車用のV型6気筒クローズドタイプのシリンダーブロックを生産している1)。同中子は低温(300℃程度)で熱分解する性質があり,鋳造後に製品に振動を与えることで内部の砂中子を除去できることを特徴としている。同じくリョービでは製品内部に油回路を設ける手法として,パイプを鋳ぐるむ方法を開発した1)。従来LP法で鋳造していた製品を普通ダイカスト法に変更し,30%のコストダウンと33%の重量軽減を達成した。
2.ダイカストの研究
2001年に日本鋳造工学会,軽金属学会等で報告されたダイカストに関する研究報告について紹介する。
2.1 湯流れ,鋳造,シミュレーション
都立産研の佐藤らは,薄肉製品でのマグネシウム合金溶湯の湯流れ性に及ぼす鋳造条件について調査した3)。鋳造方法としては,チクソモールディングとコールドチャンバーダイカストを用いた。薄肉製品(肉厚0.8mm)の場合には鋳造方法による湯流れ性の違いは少なく,鋳造温度・金型温度・射出速度の条件に影響され,特に射出速度が支配的であることを明らかにした。また,広島大学の木村らは,アルミニウム合金の流動性に及ぼす粉体離型潤滑剤の影響について調査し,粉体離型潤滑剤を用いることで射出スリーブ/溶湯間の熱伝達係数が小さくなり,溶湯の保温性が確保されて流動性が良くなることを見出した9)。
YKKの桜木は,ダイカストの表面欠陥の一つであるふくれの発生を予測する手段として,非構造格子を用いたシミュレーションでガスの背圧を計算する手法を提案した3)。同方法をスクイーズ鋳造に適用し,充填プロセスが従来報告されている実験結果と定性的に一致していることを示した。また,素形材センターの本間塚らは,背圧を考慮した湯流れ解析システムを開発し,X線透過装置を使った湯流れの直接観察結果と比較している3)。同方法は精密鋳造を対象にしているが,ダイカストへの適用も可能である。大阪大学の杉山らは,射出時のダイカスト金型キャビティ内のガス圧変化を圧力センサーで測定し,キャビティ内のガスはほとんどがベントから排出されることを確認した8)。同じく大阪大学の上津らは,ベント・押出しピン・見切り面からのガスの逃げを通気度係数として計算し,充填過程での背圧を計算して湯流れシミュレーション手法を開発している8)。
東北大学の菊池らは,鋳造方案を最適化手法により自動的に決定する方法について検討した3)。同方法では,鋳造CAEシステムと最適化支援ソフトを用いることにより最適化が可能であることを示し,アルミニウムホイールの最適充填パターンと比較してその効果を確認している。また,茨城日立情報サービスの谷本らも同じような研究を行い,ダイカストのようなより複雑な設計・製造業務でも適用可能であることを示した3)。
日立製作所の高橋らは,ダイカスト特有の現象を高精度で解析することができるダイカスト専用CAEシステムを開発した。同システムでは解析データ作成を効率化する機能の追加や,パソコンで1000万要素を超える大規模解析を可能にし,さらに湯流れ,温度解析,背圧を考慮した解析ができるよう工夫された。このシステムによりのダイカスト用CAEの大幅な能力向上が達成され,CAEが一層現場に近い存在になったといえる。
名古屋大学の飯見らは可視化用ダイカストマシンを用いて,金型内を充填過程中の溶湯流れを直接観察し,湯流れ解析結果を検証した8)。充填過程中での溶湯凝固の影響をシミュレーションに反映することで,直接観察とシミュレーション結果を一致させることができることを明らかにした。
このように,シミュレーションは湯流れと温度の連成解析及び背圧を考慮した解析といった新たな研究によってダイカストのような短時間で起こる現象を予測できるようになってきており,ダイカストの信頼性向上,高品質化にとって不可欠な技術になりつつある。
アイシン高丘の小林らは,ダイカストのビスケット肉厚の薄肉化を図るため,プランジャチップ先端形状と溶湯圧力の保持時間の関係を調査した8)。チップ先端形状を球面形状にすることにより圧力保持時間及び最大圧力を増加することができ,薄いビスケットでも鋳造圧力を効果的に伝達できることが明らかになった。また,名古屋大学の加藤らは多数個取り金型を用いて,溶湯のキャビティ内充填挙動を直接観察するとともに,圧力伝達挙動との関係について調査した8)。そして,溶湯圧力は溶湯がキャビティを完全に充填してから立ち上がることや,到達最大圧力はビスケットから離れるほど低く,これは溶湯流動経路が長いほど充填されるまでの温度低下が大きいことによるものと推測している。中日本ダイカストの谷川らは,ダイカストの溶湯圧力伝達波形と鋳造品の密度について調査している8)。溶湯圧力はキャビティを充填完了後の0.4s間程度最大圧力が保持されたあと急激に低下する。この最大圧力が保持された時間内であれば増圧開始時期をずらしても製品の密度を低下することなく鋳ばりの発生を防止できることを明らかにした。
名古屋大学の万らは,ダイカストのひけ巣対策でしばしば用いられる局部加圧による成分偏析について調査した8)。凝固形態の異なるAC4BとADC12を用いて偏析を調べたところ,粥状凝固形態のAC4Bは加圧ピン直下にCuの逆偏析が見られたが,表皮形成型のADC12では逆偏析の程度が低いことを明らかにした。
2.2 機械的性質
いすゞ自動車の峯らは,普通ダイカスト法・PFダイカスト法・砂型鋳造法でそれぞれ鋳物を作製して引張特性・疲労特性の調査を行った8)。砂型鋳物(T6)と普通ダイカスト(As Cast)では,疲労特性の差は小さいが引張特性は普通ダイカストが著しく劣り,砂型でダイカストの試作評価をする際には注意が必要である。また,PFダイカスト(T6)では普通ダイカストに比べて引張特性は大幅に改善されるが,疲労強度は1割程度の向上であることなどを見出した。
旭テックの岩澤らは,チクソキャスティング法により製造したAC2B相当合金の組織と引張特性について金型鋳造品と比較している10)。チクソキャスティング品は金型鋳造品に比較して凝固時の冷却速度が大きいため共晶及び針状のFe系化合物が微細に晶出するために,引張強さ,耐力が1.2倍にまた破断伸びは2.7倍に増加することを見出した。広島大学の木村らは,高圧鋳造したAC4CH材の機械的性質に及ぼす溶湯中の水素量,介在物の影響について調査し,信頼性の評価を行っている11)。製品肉厚が厚い場合は介在物サイズの影響を受けにくいが,薄肉になると介在物サイズが小さいほど平均強度は上昇し,ばらつきも小さくなることを見出した。
日産自動車の津島らは,ADC12合金ダイカストの高速引張試験を行って動的強度に及ぼすミクロ組織の影響について検討している11)。その結果,高ひずみ速度領域では引張強さは僅かに上昇するが,破断伸びは僅かに減少する。また,動的引張強さには空孔面積率,共晶Si面積率,DASの影響が大きく,動的破断伸びには空孔面積率,最大空孔径,共晶Si円形度計数,DASの影響が大きいことを明らかにした。
豊橋技科大の戸田らは,半凝固プロセスにより作成した鋳物の疲労特性について高圧鋳造材と比較している9)。半凝固材では初晶α径が小さいほど疲労強度が増加する傾向があるが,高圧鋳造材との差は少ない。また,高圧鋳造材の結晶粒界でき亀裂伝播が停滞する傾向がみられたが,半凝固材では認められないなどの結果を得ている。
2.1 マグネシウム
都立産研の佐藤らは,薄肉マグネシウム合金ダイカストに発生する鋳造欠陥について詳細な解析を行った8)。薄肉製品の場合,溶湯速度,凝固速度が大きいためにふくれや湯じわ・湯境といった流れとガスに起因する欠陥が多く発生し,湯口方案やガス抜き,溶湯温度・金型温度に十分配慮する必要があることを示した。
三菱アルミニウムの中浦らは,Mg-5Al-1.5Ca-0.2Sr合金の鋳造性及び耐クリープ特性に及ぼすREの影響について調査した9)。そして,鋳造性は2%RE以上で大きく低下し,引張強さ,伸びはREの添加に伴って低下するが,耐クリープ性は1%REで最も優れることを見出した。
日本製鋼所の内田らは,射出成形したMg-Al-Ca合金の耐食性及び流動性に及ぼす添加元素の影響について調査した11)。Caの添加により耐クリープ性を改善できるが,耐食性が劣化する。これを補うためにミッシュメタル(Mm)を添加し,さらにSrを微量添加することにより流動性を改善できることを明らかにした。また同じく附田らはMg合金のクリープ抵抗に及ぼすCa, Al ,Mm, Srの影響を調査し,Mg-6Al-3Ca-0.5Mm-0.001Srが最もクリープ抵抗に優れることを見出した11)。
2.4 その他
日本軽金属の猪狩らは,Al-15mass%Siの初晶Siの適切な大きさに制御する方法について検討した11)。そして,溶湯温度を初晶Si微細化効果低下開始温度(690℃)以上に保持することと,微細化効果開始低下温度(690℃)から共晶温度(570℃)までの冷却速度を20〜40℃/sの条件下でダイカストすることにより製品内の初晶Siを適切な大きさに制御できることを見出した。
大紀アルミニウム工業所の大城は,パソコンのCPU受熱ブロック,ヒートシンク等の高熱伝導を要求されるダイカストに用いる合金の開発を行った12)。高熱伝導ダイカスト用合金には,高熱伝導,高流動性,離型性の良さが要求される。熱伝導に及ぼす合金元素,不純物元素の影響をはじめ,流動性,物理・機械的性質の調査及び冷却速度,熱処理の影響等の貴重なデータが報告されている。
リョービの西らは,アルミニウム合金ダイカストの焼付き現象を低速充填ダイカストと普通ダイカストにつて観察した13)。また,観察結果と従来の研究報告をもとに焼付き発生機構について考察している。焼付きは,金型表面に物理的・機械的あるいは化学的に鋳造合金が付着しやすい場所が形成され,鋳造数の増加に伴い合金の付着と脱落が繰り返されながら合金反応層が成長し,焼付きに進展する機構を提案している。また,日立金属の大澤もダイカスト金型の焼付き発生メカニズムについて検討し,焼付きはダイカストの離型時に鋳造合金が物理的に付着し,その後Al-Si-Fe化合物が成長することによって発生することを見出した13)。そして焼付きを防止するには離型時の製品温度を450℃以下に低下させることが有効であるとした。アーレスティの青山は,アルミニウム合金と金型材料を加圧密着させて加熱し,反応層の生成状況を観察して反応焼付きの境界温度を求めた13)。その境界温度はAD12とSKD61の場合521℃であることを見出した。
リョービの佐々木らは,パソコン用ハードディスクケースの金型を対象にしてヒートクラックの発生傾向や発生要因について調査し,その対策方法について検討した14)。ヒートクラックは量産開始の初期段階ですでに発生しており,3万ショットまでは急激に成長するがそれ以降はほとんど成長しないことがわかった。また,ヒートクラックの発生箇所はコーナーフィレット部に多く,フィレットが小さいほど発生しやすい傾向にあることなどを明らかにした。対策としてはフィレット部のRの拡大や型材の変更等が効果的であり,さらに試作前に表面処理を実施することで初期のヒートクラック発生を遅らせることが重要であることを見出した。
参考文献 |
1) |
素形材43, (2002) 1 |
2) |
素形材42,(2002)12, 13-18 |
3) |
日本鋳造工学会第138回講演概要集(2001) |
4) |
宮川:素形材42,(2002)11,1-5 |
5) |
河内:アルトピア31, (2001) 6,27-36 |
6) |
佐々木,吉田,潘,福永:アルトピア31,(2001)11,33-387 |
7) |
駒崎,伊澤:アルトピア31, (2001) 6,9-14 |
8) |
日本鋳造工学会第139回講演概要集(2001) |
9) |
軽金属学会第100回講演概要集(2001) |
10) |
岩澤,才川,富田,林,鎌土,小島:軽金属51,(2001),1,45-50 |
11) |
軽金属学会第101回講演概要集(2001) |
12) |
大城:アルトピア31, (2001) 6,15-20 |
13) |
型技術15, (2000) 4,42-45 |
14) |
型技術15, (2000) 8,39-43 |
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